「量子コンピューターでビットコインは終わる」。その見出しで売ってしまう前に、知っておいてほしいこと

BTCフォーキャスト特別レポート|前編

「量子コンピューターでビットコインは終わる」。その見出しで売ってしまう前に、知っておいてほしいこと

量子コンピューターの見出しで、売ってしまう前に

スマホを開くと、「量子コンピューターが、ビットコインの暗号を破る日」という見出しが、また流れてきます。

スクロールする指が一瞬止まって、持っているビットコインのことが頭をよぎる。そんな経験、ありませんか?

こうした見出しは、これからも何度も流れてきます。

知らないまま情報をぶつけられると、人はパニックで動きます。売らなくていいところで、売ってしまう。でも、先に中身を知っていれば、同じ見出しを落ち着いて眺められます。

この記事は、そのための事前のワクチンのようなものです。次の見出しが流れてくる前に、一度だけ目を通しておいてください。

※BTCフォーキャストの受講生向けに配信した特別レポートの前編を、そのまま公開しています。

なぜ、表側ばかり目に入るのか

物事には、いつもコインの表と裏があります。ピンチの裏側にはチャンスがある、とよく言いますよね。

ところが量子コンピューターの話になると、目に入ってくるのは表側の「脅威論」ばかりです。これには、ちゃんと理由があります。

石器時代の草むらを想像してください。ガサッと音がしたとき、「風かな」と考え込んだ人と、考える前に走って逃げた人がいました。生き残って子孫を残したのは、走った人のほうです。

私たちは、その走った人たちの子孫です。脳のつくりは石器時代からほとんど変わっていないと言われていて、恐怖のほうに先に体が反応するようにできています。

メディアは、それをよく分かっています。怖い見出しのほうが指が止まり、クリックされ、拡散される。だから脅威論ばかりが量産されるわけです。

この法則を知っていれば、やることはシンプルです。流れてきたコインを、一度自分の手で裏返してみる。両面を見てから、落ち着いて判断する。この記事は、そのために書きました。

コインの表と裏
図1:コインの表と裏 恐怖の見出しは、表側だけを見せます。裏返すと「供給が減る」話が出てきます。

世界を怖がらせた「6ビット」

2025年、IBMの量子コンピューターで、6ビットの楕円曲線の鍵が破られました。「量子がビットコインの暗号を破った」として、広く出回ったニュースです。

ところが6ビットの鍵は、組み合わせが64通りしかありません。ノートパソコンなら一瞬で総当たりできてしまいます。

自転車の2桁のダイヤル錠を思い出してください。指でカチカチ回せば、00から99まで数分で全部試せますよね。それを開けたから、銀行の金庫も開くはずだ。あのニュースは、ざっくりそう言っていたわけです。

ビットコインが使っているのは256ビットの鍵です。組み合わせはおよそ1.16×10の77乗で、宇宙にある原子の数に近い桁になります。ダイヤルを77個並べた錠前を、指で回して開けようとする姿を想像してみてください。今ある機械で、これに近づけるものは一台もありません。

鍵の大きさの差
図2:鍵の大きさの差 破られた6ビットの鍵と、ビットコインの256ビットの鍵は、自転車の錠前と77桁の錠前ほど違います。

それでも見出しが出るたびに、価格は動きます。「思ったより早く破られるかもしれない」という問いに、まだ誰も答えを持っていないからです。答えのない問いは、不安として売りやすいんですね。

鍵穴が、外から見えているコイン

量子で鍵を破るには、相手の公開鍵(秘密鍵とペアになっていて、外に見せてよい側の鍵)が必要です。公開鍵は、玄関の鍵穴のようなものだと考えてください。量子コンピューターは、鍵穴の形を見て合鍵を削り出せる機械です。

ほとんどのアドレスでは、鍵穴にカバーがかかっていて、コインを使う瞬間まで外からは見えません。ただし、全部ではありません。

Glassnodeによると、鍵穴がすでに丸見えのアドレスには、約626万BTCが入っています(10月9日時点)。供給量のおよそ31%です。

置き場所は3つあります。

  • P2PK(最初期のアドレス形式)です。サトシのものとされる約110万BTCも、ここに入っています
  • 使い回されたアドレスです。一度送金した時点で、カバーが外れてしまっています
  • Taproot(2021年に導入された比較的新しい形式)です。仕組みとして、最初から鍵穴が見える形になっています

対策の下書き「BIP-361」は、引っ越しの期限

開発者たちは、すでに対策の下書きを持っています。BIP(ビットコインの改善提案)の361番で、Jameson Lopp氏らが書いたものです。

イメージは、古いマンションの建て替えに近いです。新しい建物ができたら、住人に引っ越しの期限が知らされます。

  • フェーズA:量子に耐える新しいアドレス形式ができたら、約3年の猶予があります。それを過ぎると、古い形式のアドレスへは送金できなくなります
  • フェーズB:その約2年後、古い署名が使えなくなります。一度も動かなかったコインは、その場で凍結されます
  • フェーズC(あるかもしれない、もっと先の話):シードフレーズ(ウォレットを復元するための単語の並び)を持っていると証明できれば、凍結されたコインを取り戻せる仕組みです。まだ何も決まっていません

期限内に荷物を運び出せば、何の問題もありません。運び出さなければ、荷物は古い建物ごと封印されます。

BIP-361の引っ越し期限
図3:BIP-361の引っ越し期限 下書きの提案です。期限までに新しい形式へ移したコインは、何も失いません。

※「3年」「2年」は下書きが提案している数字で、日付はまだ何も決まっていません。

決めるのは、自分のお金を賭けている人たち

ルールを決めるのは、ノード運営者(ネットワークの帳簿を自分で持ち、検証している人たち)、開発者、マイナーです。彼らは皆ビットコインを持っています。悪い決定をすれば、全員が自分の財布から払うことになります。

凍結の代わりになる案は、持ち主がいなくなったコインも含めて、全部を救うことです。ある研究では、すべてのUTXO(まだ使われていないコインのかたまり)を安全な形式に移すには、ネットワークのブロック容量を丸ごと使っても最低76日かかると試算しています。

全国のATMも振込も、2か月半まるごと止まると想像してみてください。自分の財布がそうなる案に、票を入れる保有者はまずいないでしょう。

レンタカーを洗って返す人は、ほとんどいません。人は、自分のものでないものには雑になります。

ビットコインは逆です。決める人たちが、車の持ち主そのものなんですね。だから私は、彼らが価格を傷つける選択肢を取るとは考えていません。

コインの裏側:なぜ強気材料なのか

BIP-361の著者たちは、サトシ自身の言葉を引用しています。「失われたコインは、他の全員のコインの価値をわずかに高めるだけだ」。そのうえで、量子で回収されたコインは逆に、他の全員のコインの価値を下げるだけだ、と付け加えています。

話の構図は、これで全部です。凍結が通ると、2つのことが起きます。

1. 頭上にぶら下がっていた売りの脅威が消えます。 鍵穴が見えているコインが、全部危ないわけではありません。取引所や現役の保有者は、期限までに引っ越しを済ませます。本当の問題は、誰にも動かせないコインです。

鍵をなくしたウォレットや、サトシ時代のアドレス、持ち主がもういないコインがそうです。この「取り残された山」は、ある推計で約230万BTC、供給のおよそ12%です。10月9日時点の価格(82,361ドル)で計算すると、約1,900億ドルにあたります。

凍結がなければ、将来の攻撃者がこれを奪って売るかもしれません。凍結すれば、その脅威は永久に消えます。

鍵穴が見えているコインと、凍結されそうなコイン
図4:鍵穴が見えているコインと、凍結されそうなコイン 鍵穴が見えている約31%のうち、本当に誰にも動かせないのは推計で約12%です。

2. 「量子割引」が消えます。 量子リスクを理由に、入ってきていない大口の資金があります。BlackRockは、ビットコインETFの目論見書に量子リスクを明記しています。アップグレードを乗り越えれば、その言い訳は消え、言い訳の分だけ割り引かれていた価格も戻ってきます。

誰かが新しく買う必要はありません。お金を払わずに済む自社株買いのようなものです。将来動けるコインの総数が、今より小さい数字で固定されるわけで。

ワイルドカード:サトシ

ここからは、誰にもモデル化できない話です。

サトシの約110万BTCは、15年以上一度も動いていません。凍結の期限は、この問いの形を変えます。もしこのコインがいつか動くなら、期限前の窓こそが、そのタイミングになるからです。

動けば、ビットコイン史上最大のニュースです。市場は当然「サトシが売るのか?」と考えます。それだけで、少なくとも一時的には、価格を大きく揺らしうるでしょう。

起きるのでしょうか。誰にも分かりません。私にも、誰にもです。分かると言う人がいたら、それは推測です。

それでも変わらないことがあります。サトシを計算から完全に外しても、何年も前に鍵をなくした人たちのコインが残ります。引き出しの奥で動かなくなった古いノートPCや、捨ててしまったハードディスク、思い出せないシードフレーズの向こうにあるコインですね。

これらは誰にも動かせないので、期限前に動くこともありません。凍結されれば、永久に消えます。

サトシが動いても動かなくても、将来動けるコインの量は小さくなります。

恐怖の見出しは、いつも答え合わせの前にやってくる

市場が「量子は致命傷だ」と信じるほど、そうではなかったと分かったときの反動は大きくなります。「噂で売って、事実で買う」が、数日ではなく数年かけて進んでいくイメージです。

次に量子の見出しが流れてきて、売りボタンに指が伸びそうになったら、それはあなたの意志ではなく、石器時代の脳の反射です。責める必要はありません。

ただ、押す前に一度だけコインを裏返して、自分のコインの価値を下げる案にわざわざ票を入れる人がいるだろうか、と考えてみてください。

後編へ:もし、引っ越しの期限が来なかったら

最後に、正直に書いておきます。BIP-361は、まだ下書きです。フェーズも時期も変わりますし、採用されない場合もあります。

では、採用されなかったら? ビットコインが今のまま変わらず、量子コンピューターの速度が追いつき、鍵穴の見えているコインから合鍵が次々と削り出され始めたら?

最悪のケースで、何が起きるのか。後編では、そこに正面から踏み込みます。

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後編のプレビュー(22秒・音なし) 2009年のコインを100BTC。換金ルートは、どこで行き止まるのか。

後編は、BTCフォーキャストの受講生向けに配信しています。BIP-361が通らず、鍵が破られた最悪のケースで、盗まれたコインはどこへ行くのか。読みながら、あなた自身に逃走ルートを組んでもらう構成です。最初の7日間は無料なので、後編をそのまま読んでから決めてもらえます。

  • 取引所、海外、乗り継ぎ、待つ。4つの換金ルートが、それぞれどこで行き止まるか
  • 今年盗まれた1,780BTCの82%が、2か月たっても動いていない理由
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ハッピー・ビットコイン!!
ココスタ 佐々木徹

※BIP-361は下書きの提案で、フェーズや時期は変わる、または採用されない場合があります。供給量の数字は第三者による推計です(Glassnodeほか、10月9日時点)。

※本記事は市場の研究と情報提供を目的としたものです。投資の最終判断はご自身でお願いいたします。

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