7月末、ドル円が大きく動きました。日米の協調介入です。7月30日に日本が単独で動いて、翌31日にはアメリカも参加しました。
ニュースでご覧になった方も多いと思います。ただ、そこでひとつ引っかかった人はいませんか。
円安で困っているのは、日本のはずですよね。
ところが介入のあと、大きな声を出しているのは、なぜかアメリカのほうなんです。財務長官が連日のように発言して、日銀には利上げを求めて、しまいにはウォール・ストリート・ジャーナルの記者を名指しで叩き始めました。
筆者は、そこが引っかかりました。

「ジャーナリストのふりをした速記者」。一国の財務長官の言葉です。
ベッセント財務長官って、もともと運用の世界の人なんですよね。自分の一言が相場をどう動かすか、体で分かっている側の人間です。そういう人が記者に噛みつくというのは、普通のルートでは起きません。
だとすると、怒りではなくて計算のはずです。
日本の円安を、なぜアメリカがここまで気にするのか。何を守ろうとしているのか。気になって、調べてみました。
最初は、かなり意地の悪い見方をしていました
正直に書きますね。私が最初に思いついたのは、こういう筋書きでした。
アメリカの金利が上がると、トランプ大統領の資産が減る。不動産もクリプトも、金利が上がれば評価が下がりますから。だから財務長官が締め上げられて、利上げを止めさせられているんじゃないか、と。
面白い仮説でしょう。実際に計算してみました。
すべての年限に1%の金利上昇がかかった場合、トランプ氏のポートフォリオは約9.3億ドル減ります。日本円で1,500億円くらいです。
たしかに大きい。大きいんですが、、、
アメリカの財政の数字を横に置いた瞬間、これが消えてなくなりました。
本命は、14兆ドルの借換えでした

数字を並べます。
いま、今後3年で満期を迎えるアメリカ国債が14兆ドルあります。その平均クーポン(発行したときに約束した利率)は3.3%です。
ところが、いまの10年金利は4.67%です。
この差のまま借り換えると、追加の利払いは年1,920億ドルになります。日本円にすると、約30兆円です。
30兆円と言われても、ちょっとピンと来ないですよね。日本が2026年度に国債の返済と利払いに使う「国債費」が31.3兆円ですから、ほぼ同じ額です。アメリカは、増える分だけで日本の国債費まるごとを新しく背負うことになります。
ついでに書いておくと、アメリカの利払いはすでに年1兆ドルを超えています。円にすると157兆円です。日本の国家予算(一般会計122.3兆円)より大きいんです。利払いだけで、です。
ここまで来ると、あの数字が読めるようになります。
14兆ドルに対して、金利が1bp——0.01%、金利表示の小数点第2位がひとつ動くだけ——で、年14億ドルになります。日本円で約2,200億円です。
1日あたりに直すと、およそ6億円になります。毎日です。
ベッセント財務長官が1bpに執着する理由、これで腑に落ちませんか。
打ち手を並べると、全部つながっていました

この一点を置いてから、彼の行動を並べ直してみました。すると、きれいにつながったんです。
ひとつめ。10年債の入札を絞って、短期の債券で資金を調達しています。長い年限で高い金利を確定させたくないからです。
ふたつめ。銀行規制を緩めようとしています。銀行が国債を買いやすくなれば、買い手が増えて金利が下がります。
みっつめ。FRBのFIMAレポという仕組みの枠を広げろ、と要求しました。ここは少し説明が要ります。
7月30日に日本が単独で円買い介入をして、翌31日にはアメリカ財務省もニューヨーク連銀を通じて動きました。日米の協調介入は15年ぶり、円買い方向に限れば28年ぶりです。
このとき日本は、持っている米国債を売らずにドルを調達しました。FIMAレポというのは、米国債を担保に置いてFRBからドルを借りる仕組みです。売らずに借りたので、アメリカの長期金利は跳ねずに済みました。
ただしこの枠、1つの相手につき1日600億ドルという上限があります。日本の介入はその上限をほぼ使い切りました。だから増枠を要求しているわけです。
よっつめ。日銀に利上げを求めています。円が崩れ続けると日本国債の長期金利が跳ね、日本の資金が米国債から引いていきます。日本の短期金利を上げさせて、アメリカの長期を守る。他国の金融政策を使った金利防衛です。
いつつめ。介入でドルではなくユーロを売りました。ドルを売ると「強いドル政策をやめた」と受け取られるからです。ちなみにECBには事後通知でした。欧州は激おこです。
全部、長期金利のためなんですよね。
それで、なぜ記者だったのか
ここからは私の推測です。
叩かれたニック・ティミラオス記者は、FIMAについてこう指摘していました。この仕組みも、中央銀行同士のドル融通も、もともとは「ドルを調達できなくなった国」を助けるために作られたものだ。ところが日本にドル不足は起きていない。日本が欲しいのは、市場で売って為替を動かすためのドルである、と。
しかも彼は、FRBの公式サイトそのものを引いています。そこには、FIMAレポは流動性を供給するための制度であって、為替レートのための制度ではない、と書いてあるんです。

危機対応の消火設備を、為替政策の道具に使っている。ここが一番痛いところです。
ベッセント氏はテレビで、FIMAを「本来の意図どおりに使われている日常的なツール」だと説明していました。でも本当に日常的なら、仕組みを解説しただけの記事に財務長官が激高する理由がありません。
怒ったということは、そこが急所だと本人が分かっている、ということだと思うんです。
9月に、何を見ればいいか
最後に、これから何を見ればいいかを整理しておきますね。
ひとつめは、8月末のG20です。ベッセント財務長官と日銀の植田総裁が会談する予定になっています。
ふたつめは、9月17〜18日の日銀の会合です。介入の請求書がここに届くのかどうか、という場面です。
みっつめは、統計の読まれ方そのものです。7月のアメリカの雇用統計は、雇用者数が2.3万人減った一方で、失業率は4.1%へ下がりました。同じ月のデータから「労働市場は崩れている」も「まだ堅調だ」も、両方言えてしまう状態です。

こういうときこそ、当局は自分の結論に合う数字を選べます。どちらを引用したかを見ると、その人が何をしたいのかが分かります。
私たちにできるのは、発言そのものより「どの数字を使ったか」「どの質問に苛立ったか」を見ることだと思っています。今回の一件は、そのいい練習台になりました。
金利の話は難しく見えますが、突き詰めると「誰が、いくら払うのか」というシンプルな話です。1bpで1日6億円、と分かってしまえば、あとは同じ目線で追いかけていけますね。
来月の日銀、一緒に見ていきましょう。
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