鍵を巨人に預けるか、自分で持つか。新宿で30分だけ話したこと

11月6日の夜、新宿で30人ほどの方と、同じ部屋で話をしてきました。YouTubeではずっと顔の見えない相手に話してきたので、一度、目の前の人に話してみたかったのです。

テーマは「鍵を巨人に預けるか、自分で持つか」。スライドは29枚ありましたが、言いたかったことは一つです。この記事では、その一つだけを置いていきます。

今夜、立ち止まりたいこと。「フィアット通貨は、詐欺だ」「中央集権は、戦争ばかり」。私もそう思っていました。

半分は、賛成です

ビットコインの話をしていると、よく二つの言葉を聞きます。「フィアット通貨は詐欺だ」。「中央集権は戦争ばかりだ」。

私自身、かなり言ってきた側です。刷れば薄まるのは事実ですし、預けた側が裏切られた例は、取引所でも銀行でも山ほどあります。半分くらいは、今もそう思っています。

ただ、もう半分で、ずっと引っかかっていることがありました。

中央集権が本当になくなったら、どうなるのか。国がお金の決裁権を握っていない世界は、過去に実際どうだったのか。それをよく知らないまま「国なんていらない」と言うのは、少し危ないのではないか。

巨人がいなかった世界

巨人がいなかった世界。パプアニューギニアのゲブシ族。1940〜1962年は成人の死因の約4割が殺人。国家の統治が及んだ1989〜2017年の28年間、殺人はゼロ。

パプアニューギニアに、ゲブシ族という村があります。『自由の命運』という本の第1章に出てくる村で、人類学者が何十年も通って記録を残しました。

国の統治が届く前の1940年から1962年、この村では、大人の死因の約4割が殺人でした。誰かが病気で死ぬと「呪い」のせいにされ、霊媒が犯人を指名し、試練で有罪になった人が殺される。本人たちにとって、それは殺人ではなく正義でした。

そのあと国の統治が及びました。1989年から2017年までの28年間、殺人はゼロです。

裁く人がいない世界では、人は殺し合います。殺し合いが日常だと、文明も文化も育ちません。いまこの記事を読んでいるスマホも、存在しない世界です。

1651年、トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』。巨人の体は無数の人間でできている。右手に剣、左手に杖。約束を守らせるのは、この剣。

これを350年前に書いたのが、ホッブズの『リヴァイアサン』です。表紙の巨人は、体が無数の小さな人間でできています。人は自分の力を巨人に預け、代わりに安全を受け取る。約束を守らせるのは、巨人の右手の剣です。

私たちがゴールドを買って売れば、そのお金はちゃんと口座に入ります。物件を買えば、家賃は自分のものになります。巨人がいなければ、「それは俺のものだ」と言いに来た人に殺されて終わりです。

ここで、法定通貨の見方が一つ変わります。インフレは、通貨の価値を薄めます。これは事実で、あとで日本の例も出します。でも、通貨を発行して資金を調達する側から見ると、そのお金で軍や警察や裁判所を養い、巨人を強く保ち、反乱や殺し合いが起きない状態を維持しているわけです。その上に、道路も水道もネットも乗っています。

つまりインフレは、巨人が提供する平和という基盤インフラの、サービスチャージだという見方もできます。薄められる側としては腹が立つ。でも、何に対して払っているのかは、分かっておきたい。

だから、巨人の代金を税金とインフレで払うというのは、人類が今のところたどり着いた、いちばんマシなやり方なのかもしれない。そう思っています。

日本の巨人は、まだ安心できる側にいる

日本だけが、ここにいる。横軸は法制度と財産権の点数、縦軸は暗号資産の保有率。日本は法が強いのに保有率が約4%で、右下に一つだけ離れている。

Fraser研究所という機関が、毎年165か国の「経済的自由度」を採点しています。2026年版で、日本は13位です。財産を法が守る強さは、米国や香港とほぼ同じ点数です。

なのに、暗号資産の保有率は約4%で、米国の4分の1。法が頼りない国ほど人は自分で持とうとする、という傾向は世界では見えるのに、日本だけがその線から外れて、右下の隅に一つだけ離れています。

法が守ってくれるから持たない、では説明がつきません。理由はここでは書きません。会場でも「皆さんはどう思いますか」と聞いて終わりにしました。

ただし、この巨人には癖がある

日本の巨人の癖。1297年 永仁の徳政令、1695年 元禄の改鋳で小判の金を86.8%から56.4%に、1789年と1843年の棄捐令。普通国債残高1,145兆円、歳出の31%が社会保障費。

慶長小判と元禄小判は、同じ一両です。でも元禄の方は、金の量が86.8%から56.4%に減っています。1695年、幕府の財政が苦しくなって、小判の金を薄めてしのぎました。

1297年の永仁の徳政令、1789年と1843年の棄捐令では、借金そのものを帳消しにしました。薄めてしのぎ、最後は帳消しにする。日本の巨人が苦しくなったときに、くり返されてきた型です。

今はどうか。普通国債の残高は2026年度末で1,145兆円の見込み、国の歳出の31%が社会保障費です。人口の形が、そのまま借金の形になっています。

先月、私の住民票がある市から「物価高騰対策お買物券」が届きました。物価が高いからお金を配る。配れば、また上がる。無印良品の同じオリーブオイルは、2年で1,490円から2,290円になりました。取引所に預けた分だけでなく、円のまま預けている分も、巨人の手の中にあります。

だから、考え続ける

だから、考え続ける。正解はありません。巨人は動くからです。ビットコインは最良の通貨でも最適解でもない。ただ、巨人が止まらなくなったとき、こちらに残る数少ないカードです。

中央集権を捨てる必要はありません。夜の新宿を歩いても脅されない、水も公衆衛生もあるこの文明を、手放す理由はどこにもない。

ただ、通貨を薄めるのが巨人の癖だとすれば、金庫の一部だけは自分で持っていてもいい。何年も使わないと決めた分はハードウェアウォレットに。来年使うと分かっている分は取引所に。全部を一か所に置かない、というだけの話です。

私は、ビットコインが最良の通貨だとは思っていません。ただ、巨人はときどき止まらなくなります。強くなりすぎれば、法律の顔をして財産を取り上げに来る。弱くなりすぎれば、金も現金も体に巻いていても取られる。鍵を頭の中に持っている財産は、そのどちらでも、取られにくい可能性があります。

それが平和だとは言いません。使わずに済むなら、それがいちばんいい。でも、カードが一枚あるのと一枚もないのとでは、まるで違います。

正解はありません。巨人は動くからです。置き場所は一度決めて終わりではなく、巨人を見ながら動かすものです。だから、考え続けましょう。

この会は、また発信したくなることが出てきたら、やるかもしれません。約束はしません。

当日の告知はこちらに残しています。こういうトピックなら聞いてみたい、という希望や感想があれば、このポストへの返信で書いてもらえるとうれしいです。

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