銀行が守っているのはあなたの預金ではない
― CLARITY Actが止まっている本当の理由
今、アメリカである法案が足止めを食らっています。
「CLARITY Act(クラリティ法案)」。暗号通貨のルールを明確にするための法案です。
「アメリカの話でしょ」と思うかもしれません。たしかに、今のところ日本の銀行口座に直接の影響はありません。
でも思い出してみてください。ビットコインETFが米国で承認されたとき、日本の市場にどれだけの資金が流れ込んだか。米国の金利が動くたび、円や株がどれほど揺さぶられるか。
米国の金融ルールは、数年後、かならず形を変えて日本に届きます。川の上流で何が起きているかを知っておくことは、下流にいる私たちにとって大事なことです。
この法案が止まっている理由を掘っていくと、表のニュースでは流れない力学が見えてきます。これは単なる規制の議論ではありません。銀行と暗号通貨業界による、「預金」をめぐる生存競争です。
法案の表向きの顔 ― 何が変わろうとしているのか
CLARITY Act(正式名称:Digital Asset Market Clarity Act of 2025)の目的はシンプルです。デジタル資産を「証券(きびしい監視)」と「コモディティ(比較的自由な取引)」にはっきり分けて、混乱している市場にルールを作ること。
2025年7月、下院では294対134という圧倒的な支持で通過しました。ここまでは順調でした。
異変が起きたのは上院に移ってからです。2026年1月、予定されていた修正審議が当日になって延期されました。
それ以来、妥協案が出ては消え、3月17日現在も法案は止まったままです。
原因は技術的な問題ではありません。銀行にとっての「地雷」が埋まっていたからです。
ほんとうの戦場 ― ステーブルコイン利回りという問題
法案がストップしている理由は、たった一つの条項に集約されます。
「ステーブルコインの保有者に、利息を払ってよいかどうか」
これがなぜ大きな問題なのか、具体的に考えてみてください。
あなたが100万円を大手銀行の普通預金に預けても、金利はせいぜい年0.01%。1年でわずか100円です。
ところが、その100万円を「USDC(ドル連動型ステーブルコイン)」に替えてプラットフォームに置くだけで、年4.5%(4万5,000円)が手に入るとしたら。
100円 vs 45,000円。あなたなら、どちらにお金を置きますか。
この法案が通れば、銀行と同じ機能を、銀行の450倍の利回りで、しかも銀行規制の外にいる業者が提供できるようになります。銀行からすれば、預金がごっそり流出するリスクです。
3月5日、米国銀行協会(ABA)はホワイトハウスの仲介案を拒否しました。
一方で、コインベースのCEOブライアン・アームストロングはこう言っています。「利回り制限は消費者保護ではない。銀行の利益保護だ」と。
この対立を支える「弾薬」の量を見てみましょう。
49倍の火力差
ここからが、政治を動かす「お金」の話です。
暗号通貨業界の政治資金団体「フェアシェイク(Fairshake)」は、2026年の中間選挙に向けて1億9,300万ドル(約290億円)もの資金を積み上げています。企業や個人から制限なくお金を集められる「スーパーPAC」と呼ばれる仕組みで、近年の米国政治に大きな影響力を持つようになりました。
対する銀行業界の政治資金団体(ABAバンクPAC)の献金総額は、2024年サイクルで約400万ドル。
その差は49倍です。
しかも暗号通貨側の資金はコインベースやリップルなど数社に集中していて、意思決定がとても速い。2024年の選挙では、暗号通貨法案をブロックし続けていた上院銀行委員長を落とすために、4,000万ドル(約60億円)を一気に投入しています。
この数字は、ワシントンのすべての議員に向けたメッセージです。敵に回れば資金を使って落選させる。味方になれば潤沢な選挙支援が受けられる。
銀行には別の武器がある
では、暗号通貨側が圧勝して法案はさっさと通るのか。そう簡単にはいきません。
銀行には別の種類の武器があるからです。
銀行業界の影響力は、選挙のたびに爆発する暗号通貨側とは違って、365日休みなく機能する「浸透型」です。1975年から積み上げてきたロビー活動の歴史があり、地域のコミュニティバンカーとして議員と直接つながっている。
「地域の銀行がつぶれたら雇用はどうなるんだ」という議員へのプレッシャーは、献金では買えない種類の力です。
暗号通貨が「攻める力」なら、銀行は「止める力」。この非対称な構造こそが、法案を膠着させている原因です。
この構造が意味すること
CLARITY Actの行方は、単なるニュースのトピックではありません。
もし成立すれば、ビットコイン以外のアルトコインにも「スポットETF」への道がひらけて、機関投資家の資金が流れ込むパイプが太くなります。逆に止まりつづければ、市場は不安定なレンジ相場から抜け出しにくくなります。
もっとも注意すべきは、「法案が止まっている」というニュースを誰がどう利用しているかです。
大きな資金を動かす人たちは、ネガティブなニュースで個人がパニック売りをする瞬間をじっと待っています。「法案が止まった=暗号通貨は終わり」と感情的に反応するのではなく、その裏にある利権の綱引きを冷静に見る力。これが大事です。
この法案が最終的にどう着地するのか。私の仮説は「どちらの業界も完全勝利にはならない、中途半端な妥協」です。
なぜそう考えるのか。そのヒントは、金融が辿ってきた100年の歴史の中にあります。
次回は、今回ふれた「政治献金」の構造をさらに深く掘ります。
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本連載は、市場の研究とその情報の提供を目的としたものです。投資についての判断は、ご自身の責任でお願いいたします。
ココスタ・トレーディングカレッジ / 佐々木 徹

