第5回「ソ連はコンピュータで死んだ ― 委託販売の本屋が消える理由」

連載 ― 水面下の力学 | 第5回 / 全8回

ソ連はコンピュータで死んだ
― 委託販売の本屋が消える理由

前回、共産主義という「お化け」が消えた瞬間に、エリート層が「約束を破る自由」を手に入れたという話をしました。

でも一つ、根っこの問いが残っていました。

そもそも、共産主義はなぜ消えたのか。

軍事力で負けたのか。経済力で負けたのか。

答えはどちらでもありません。ソ連を倒したのはミサイルではなく、コンピュータでした。

全力で走っても4割にとどかない

ソ連vs米国GDP比率の推移

ソ連のGDPは米国の何%だったか(推定値)

このグラフは、ソ連のGDPが米国の何パーセントだったかを示しています。

1950年代、スプートニクを打ち上げて米国をふるえ上がらせた時代。それでもソ連のGDPは米国の約35%でした。

1970年代前半にピークをむかえますが、それでも約40%。全力で走っても、追いつくどころか半分にもとどかなかった。

そして1970年代後半から差はひらく一方になり、崩壊時にはさらに後退しています。

何が起きたのか。

「発明」では負けていなかった

意外なことに、ソ連は「発明する力」ではけっして劣っていませんでした。

世界初の人工衛星スプートニク。世界初の有人宇宙飛行。数学とチェスの世界的な優位性。理論物理学でもノーベル賞受賞者を出しています。

ソ連が負けたのは「発明」ではなく、「発明を広める仕組み」でした。

ここに、この連載のテーマとつながる構造的な問題があります。

中央計画のイノベーターのジレンマ

ソ連の経済は中央計画でした。国家が「何を、いくつ、いつまでに作るか」を決める。工場は計画目標を達成することが最優先です。

この仕組みの中でイノベーションを起こそうとすると、何が起きるか。

新しい技術を導入するということは、生産ラインをいったん止め、設備を入れ替え、労働者を再訓練するということです。そのあいだ、計画目標は達成できません。

計画未達は、工場長にとって致命的でした。ボーナスを失い、党からの評価が下がり、場合によっては更迭される。

合理的な選択は「今のやり方をつづける」ことです。旧式のやり方でも、計画目標さえ達成すれば問題にならない。

これは個人の怠慢ではなく、システムの構造的な問題です。中央計画はイノベーションを「リスク」に変えてしまう。大企業が陥る「イノベーターのジレンマ」と同じ構造が、国家レベルで起きていたのです。

グルシコフの夢 ― 「ソ連版インターネット」がつぶされた日

1970年、ウクライナの天才的なサイバネティクス学者ヴィクトル・グルシコフが、ソ連の指導部にある提案をしました。

全国の経済データをリアルタイムでつなぐコンピュータネットワーク。OGAS(全国自動化システム)と呼ばれる、いわば「ソ連版インターネット」です。

実現していたら、中央計画のいちばんの弱点 ― 情報のおくれとゆがみ ― を技術的に解決できたかもしれません。

しかし、この構想は官僚機構につぶされました。

なぜか。OGASが実現すれば、各地方の官僚が握っている「情報の非対称性」という権力の源泉が消えるからです。地方の工場長は中央に報告する数字を操作することで自分の立場を守っていました。すべてがリアルタイムで透明になれば、その余地がなくなる。

体制を守るための情報統制が、体制を救えるはずだったイノベーションを殺した。これが「イノベーションか、体制維持か」というジレンマの正体です。

情報の自由化が体制を崩壊させた

皮肉なことに、ソ連が最後に試みた改革が、まさにこのジレンマを証明しました。

ゴルバチョフのグラスノスチ(情報公開)です。

情報を自由にすれば経済は効率化するかもしれない。でも同時に、体制の矛盾が国民の目にさらされる。

結果はご存じの通りです。情報を解放した瞬間、体制は崩壊しました。

情報を閉じれば経済が死ぬ。情報を開ければ体制が死ぬ。どちらを選んでも詰んでいた。これが、1970年代以降ソ連と米国のGDP格差がひらきつづけた構造的な理由です。

委託販売の本屋が消える理由

この話、どこかで聞いた覚えはありませんか。

2000年代、日本の書店業界で起きたことと重なります。

日本の書店は「委託販売制度」で守られていました。売れなければ返品できる。リスクがない。そのかわり、消費者のニーズに応える動機もよわい。

Amazonが来たとき、委託販売の書店は対応できませんでした。データにもとづいて在庫を最適化し、アルゴリズムで個人の好みに応え、翌日に届けるシステムに、旧来の仕組みは太刀打ちできなかった。

「守られた仕組み」は、環境が安定しているときには合理的です。でも情報技術が「分散型の意思決定」を可能にした瞬間、中央集権的な仕組みは構造的に負ける。

ソ連が負けたのは、ほんしつ的にはこれと同じ理由です。

そしてCLARITY Actへ

ここで、第1回からの議論にもどります。

銀行業界がステーブルコイン利回りを阻止しようとしている構造。それは「預金」という中央集権的な仕組みを守るための戦いです。

暗号通貨とDeFi(分散型金融)は、金融の「情報革命」です。仲介者なしで価値を移転し、プログラムでルールを実行する。ソ連にとってのコンピュータ革命と、銀行にとってのブロックチェーン革命は、構造的に同じ脅威なのです。

銀行が情報革命を止められるか。ソ連の結末を見れば、長期的な答えは見えてくるでしょう。

ただし、「長期的に負ける」ことと「今すぐ負ける」ことは別です。ソ連は崩壊までに40年以上かかりました。銀行もすぐには消えない。そのあいだ、CLARITY Actのような法案を使って「延命」することは十分に可能です。

問題は、この構造変化の中で個人が何をすべきかです。

ソ連の崩壊から学べるいちばんの教訓は、「守られた仕組みの中にいると、変化に対応する力を失う」ということ。では、変化に対応する力とは何か。

次回は、江戸時代の寺子屋からその答えを探します。

全力で走っても米国の4割にもとどかなかった。そして情報革命に乗り遅れた瞬間、差はひらく一方だった。では今、この構造の中で生き残るために必要な「識字率」とは何か?

次回:寺子屋の識字率がペリーに勝った ― 今の「読み書きそろばん」

168人のスペイン兵に帝国を崩壊させられたアタワルパ。数十年で軍備を再構築した明治の日本人。差は「学ぶ方法を体に持っていたかどうか」でした。

本連載の全8回は、ビットコイン週刊フォーキャストで先行公開中です。
7日間無料でお試しいただけます。

▶ 全編を先行で読む(7日間無料)

📚 連載:水面下の力学 ― 100年の繰り返しから見える、人間とお金の本性

第1回「銀行が守っているのはあなたの預金ではない ― CLARITY Actが止まっている本当の理由」
第2回「Follow the Money ― ブローカー政治家の損益計算書」
第3回「5つの歯車 ― 1920年代と2020年代が不気味に重なる理由」
第4回「お化け屋敷が閉館した日 ― 共産主義の脅威と修正資本主義の正体」
第5回「ソ連はコンピュータで死んだ ― 委託販売の本屋が消える理由」
第6回「寺子屋の識字率がペリーに勝った ― 今の時代のリテラシーとは?」
第7回「老害か知恵者か ― ループを回したかどうかで決まる」
最終回「CLARITY Actは中途半端に着地する ― 現実は常にグラデーション」

本連載は、市場の研究とその情報の提供を目的としたものです。投資についての判断は、ご自身の責任でお願いいたします。
ココスタ・トレーディングカレッジ / 佐々木 徹

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です